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  ご 挨 拶

  代表取締役
  石田 正憲(全 功)まさ のり昭和32年(1957年)1月1日生
  MASANORI ISHIDA
 

 当社は大正 12 年 5 月 1 日に「折古ノ浜」にて創業し「千守海岸」へ移転後、鋼船の建造に取り掛かり、現在地「宝崎」の地先を埋め立て、今年、無事に 94 周年を迎えることができました。
これまで祖父、父、私の三代にわたってバトンを引き継ぎましたが、私自身、造船業界の浮き沈みを身をもって経験し企業を継続することの難しさを肌で感じてまいりました。
私は 27歳で入社し、 35 歳で副社長、43 歳で社長に就任し 18 年目を迎えましたが、30代の頃は未熟ゆえに失敗や挫折の連続でした。
亡き父からは、常々『 個人企業のオーナーは常に孤独で、すべて自分で判断して決断しなければならない。
No.2は気楽だが、トップは逃げられない。重圧と責任の重さを肌で感じ取り、弁解と綺麗ごとは絶対に口にするな。
命がけで家業を守れ!これからは男のプライドを捨て、時とタイミングを計り、ここぞと思ったら打って出て、引くタイミングも怠るな。 時と場合により早め早めの方針転換を勇気を持って決断し、臨機応変に何事にも対処できるよう柔軟な頭を持って行動できるよう努力せよ!』と言われました。
また母からは『 学ぶことを怠らず、日本人の心を大切にして生きていくように 』と教えられました。
このように両親がいつも私の心の支えとなっていましたが、二人とも 5 年前に旅立ちました。
 今年 1 月 1 日の誕生日で還暦を迎え、入社以来 34 年の月日が経ち創業 100 周年に向かって、より一層努力を重ねて参る所存です。
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二人が旅立った後でも、どこからか私を見守っていてくれることを感じながら、父・母からの教えを守り、会社を私の命とする事を誓いました。
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個人企業のため、修繕船や新造船の受注活動から現場・工程管理、受注先との交渉・資金繰り・支払・売掛金の回収まで、雑用も含め、私の肩にかかっています。
亡き父の言葉通り、個人企業のオーナは、つくづく孤独で自分で判断し決断しなければ、何事も解決せず、前に進めないことを、思い知らされながら毎日を過ごしています。
27歳から帰って来て手伝いながら、親父とおふくろが、苦労して築き上げた造船所を基本に自分の将来を夢に描き、設備投資を実施し、小さいながらも充実した「ガンダム」のような造船所が、 約 30 年かけて完成しました。
今では、外観を船のイメージにした独創的な感性とアイデアを持った造船所として、認知される存在になり、多くのメディアにも様々な形で紹介されるようになりました。
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青春時代から現在まで喜びや悲しみも、たくさん経験してきましたが、失敗を糧として、挑戦を続け、100%の情熱を会社に捧げ、全力で駆け上ってまいりました。
私が今あるのは、良き友や従業員に恵まれ、わがままで独断専行の私を理解し、ついて来てくれた人々のお陰です。
因島も「しまなみ」の橋でつながり、船に乗る機会も少なく、子供たちが大人になって、良い思い出となるよう昭和 60 年から地元の三庄幼稚園・小学校・中学校の生徒たちを進水式・クルージングや写生会・工場見学に招待してまいりました。
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今では、親子 2 代に亘り当社を訪れた子供達もいます。「海・船・子ども達に夢を!!」をキャッチフレーズに、将来を担う子ども達の為にと思う一心で私に出来る範囲で子ども達との係りを続けています。子ども達の喜びはしゃぐ声を聞き、輝く目を見ると反対にパワーをもらっています。
平成 27 年 8 月 1 日に第 1 回サマーフェスティバルを開催し、毎年続け、因島の「子ども園・小学校・中学校・高校」の子ども達 350 人と地域の人々も一緒に夏の1日を楽しみ、夜には工場内から 300 発の花火を打ち上げ、三庄の夜空に大輪の花を咲かせております。
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また、全国の人々を対象とした工場見学も昭和 60 年より開始し現在では 5 万人を超え、来社された人々が元気になり、喜んで帰って頂けるように努力しております。
ご縁を頂いた人々に感謝し、今後も『 夢と実利をかなえた船造り 』を社是として 100 周年を迎えられるよう、先々代、先代から受け継いだ『 船屋魂 』を持ってファミリー企業を伝承して参ります。
自分の人生を振り返ると、やりたいことは全てやったと実感してますが、さらに高い目標を立て、一度しかない人生だから、残りの人生を楽しみたいと思っております。
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