地 蔵 鼻                  村上水軍 「美可崎城」 跡


  
当社と、地蔵鼻との関わりは古く、初代・五左衛門の時代から地蔵岩周辺の整備を進めて参りました。

二代目・光春が後を引き継ぎ、昭和47年の台風被害により地蔵岩が傾斜した時は、

ボランティアで当社の60t吊り海上クレーンを派遣し、

地蔵岩を吊り上げ、復旧作業に従事し、遊歩道にパイプ式の手摺りを設置したり、

舗装工事を進めて参りました。

また、平成10年には、明徳寺の檀家の有志と一緒に本格的な遊歩道の整備を行ない、

当社から海岸線に沿って水道管を約3kmに渡り、

地蔵岩まで引き込みました。しかし、度重なる台風の影響で水道管が引きちぎられ、

今では復旧の見込みさえ立っておりません。

地蔵鼻には観光客が多く訪れることから、尾道市観光協会が率先して、

水道設備を新設するのが望ましいと思っております。

光春の後、3代目・正憲が引き継ぎ、平成21年の台風で、地蔵岩・前方のコンクリートが崩壊し、

拝むことができなくなったため、平成22年に尾道市からの補助金を得て、明徳寺と共に、

海上クレーンで1t級の捨て石を約100個、地蔵岩の周囲に積み重ね、今後、同規模の台風が発生しても

崩壊しないように整備しました。

また、地蔵岩の前方に、お地蔵さんが持つ錫杖を会社でステンレス製で作製し、取り付け奉納しております。

このように、親子三代に亘りお地蔵さんを信仰し、今では、駐車場から地蔵岩までスムーズに参拝できる

遊歩道が完成しています。
       
  
地蔵鼻は、会社から約1q沖合にあります。

村上水軍の「美可崎城」跡で、そこには、悲しい女性の伝説があります。


美可崎城の城主が琴の修行のため船で都に向かう娘を関所破りの罪で捕まえましたが、その娘の美しさや琴の音色に

心を奪われ、自分に使えるよう命じました。ところが、周防に思いを寄せる人がいたため応じなかったところ、浜で切り捨

てられました。その後、浜から琴の音が聞こえ始め、夜な夜な悩まされるようになったため、浜にあった自然石に地蔵尊を

彫り手厚く供養したところ、亡霊に悩まされなくなったということです。その後、その話を聞いた周防の若者がその娘の後

を追い、この海に身を投げました。その様子を見た地蔵はポロポロと涙を流し、その涙は小石となり周りに散らばったそう

です。
  
今では、女性の願いを叶えてくれる「お地蔵さん」として地元や近隣の人々に愛され、

願いが叶った人々からは、お礼に「石像の小さなお地蔵さん」を奉納する習わしとなっております。 

約3千体以上の「お地蔵さん」が参道に添えられ参拝される人々の心を癒しております。

満潮時は、「地蔵岩」が半没するので、干潮時に参拝されることをお勧めします。


(「石像の小さなお地蔵さん」を奉納される場合は、明徳寺において1体5千円で販売しています。)



       
 地蔵鼻  地蔵鼻  地蔵鼻  地蔵鼻


 


 


 


 
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