日本旅客船協会発行  機関誌「旅客船」
   平成9年から10年連載

    私は、造船所に自宅が隣接していたためか小学校までは、毎日工場内で遊び父や母に叱られながらも職人さんや祖父母に甘やかされて育ちました。
家業を継いでからは親父と二人三脚で夢を追いかけ、若さゆえに失敗や挫折も数多く経験し、地獄も味わいながら造船業界の浮き沈みの激しさを身をもって経験してきました。

私は父が大好きで、父が70歳を超えた頃から介護生活となり毎日世話をしながら親子水入らずで親父の残された人生を一緒に歩んできました。

 両親も平成23年、24年と連れ立って他界しました。私の頭の中には元気だった頃の「父の姿・母の姿」が常にあり、たくさんの思い出が詰まっています。
両親には今までに随分苦労をかけ、親不孝もしてきましたが、反対に親孝行もたくさんして参りました。私が今あるのは両親のおかげである事に感謝 し、両親からもらったたくさんの愛と思い出を大切に、家業の発展に私の命を捧げたいと思っています。

 表紙写真:
関前村向けフェリー
[第二せきぜん]
●社団法人 日本旅客船協会発行  機関誌「旅客船」
●平成9年5月200号より(1997)「ザ・モニターズ」へ毎回投稿
●題名「海と私」 



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